ホーム ラグビーワールドカップ特集 第4回 ラグビー日本代表チームを率いる偉大なJK

ラグビーワールドカップ2011特集

第4回 ラグビー日本代表チームを率いる偉大なJK

名門ラグビー一族に生まれた大柄のトライゲッター

ラグビー日本代表チームのヘッドコーチを務めるジョン・カーワン。JKの愛称で知られる彼は、数々の功績を残した伝説の元オールブラックス選手です。

JKの父方の祖父ジャック・カーワンはホークス・ベイのラグビーユニオンとオークランドのリーグでプレーしていた優秀なラグビー選手で、母親はオークランドのオタフフ地区では有名な名門ラグビー一族の出身でした。彼は生まれながらに両親の血筋からラグビーの才能を受け継いでいたといえるでしょう。

18歳の時、地元のアマチュアチーム、オークランド・マリストに所属していたJKは、オークランド州代表チームとオールブラックスのコーチだったジョン・ハートの目に留まり、プロの道を歩み始めます。1983年にオークランド州代表チームの一員としてデビューを飾り、ニュージーランド・コルツ(NZ代表U-21)でも素晴らしいパフォーマンスを披露。身長192cm、体重92㎏というWTB(ウイング・スリークォーターバック)には珍しい大柄のJKは、多くのプレーヤーに多大な衝撃と影響を与えました。

まだ19歳だった1984年にオールブラックスの選手に選出され、クライストチャーチで開催されたフランス戦に出場。以後、1994年までオールブラックスのスター選手として活躍しました。オールブラックス時代の出場試合数は通算96(そのうちテストマッチは63キャップ)、獲得トライは67(そのうちテストマッチでのトライは35)にものぼります。特に1987年の第1回ラグビーワールドカップでは90mもの距離を独走してトライを決めるといった好プレーで観客を沸かせ、ニュージーランドの優勝に大いに貢献。トライ王にも輝きました。

翌1988年のテストマッチではウェールズ、オーストラリアという強豪チームを相手に5試合で10トライを獲得するという快挙を達成。89年にはラグビー選手としての功績をたたえられ、大英帝国勲章を受章しています。まさにニュージーランド・ラグビー界の歴史に残るベスト・トライゲッターと呼ぶにふさわしいラガーマンです。

2010年6月、オークランドで取材に応じるJK

2010年6月、オークランドで取材に応じるJK

ラグビー指導者としても手腕を発揮

1997年から1999年まで日本のNECグリーンロケッツでプレーし、それを最後に現役から引退したJK。その後はNECチームアドバイザーとなり、指導者として第2の人生をスタートさせました。

オークランド・ブルースのアシスタントコーチを経て、2002年にはラグビーイタリア代表チームのヘッドコーチに就任。2005年までの任期中に行われたラグビーワールドカップ2003ではカナダとトンガを下し、イタリアをヨーロッパの6強に育て上げました。

JKが再び日本へ戻ったのは2006年。代表チームのアドバイザーとして実質的にヘッドコーチの役割を務め、同年11月にはラグビーワールドカップ2007の地区予選を突破して日本をW杯へと導きます。その手腕が評価され、翌2007年、日本代表の正式なヘッドコーチになりました。

JKの就任前は世界ランキングで18位だった日本代表チーム。2010年6月には史上最高の12位までランクを上げました。ラグビーワールドカップ2011で2勝することを目指して、JKと日本代表チームの挑戦が続きます。

JKの詳しいプロフィールはここでチェック!⇒ オールブラックス公式サイト(英語)

常に変動する世界ランキングはこちらをクリック!⇒ IRB世界ランキング

ラグビーワールドカップ特集 記事一覧

ページトップへ戻る