有名人
苗字のアルファベット順、または紙幣の金額順に紹介しています。
映画
アンドリュー・アダムソン Andrew Adamson
映画監督。1966年オークランド生まれ。2001年にアニメーション映画『シュレック』で世界中を笑いの渦に巻き込み、初監督作品にしてアカデミー賞を受賞しました。2004年には第二作、2007年には第三作を公開しています。
また、2005年公開(日本では2006年)のディズニー映画『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』でも監督を務め、オークランド西部の森や南島アーサーズ・パス付近で大掛かりな撮影に挑みました。
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ジェーン・カンピオン Jane Campion
映画監督。1954年ウェリントン生まれ。オーストラリア・フィルム・アンド・テレビ・スクールで学び、在学中に作った短編映画で高い評価を得ました。
1990年の作品『エンジェル・アット・マイ・テーブル』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を獲得。1993年『ピアノ・レッスン』では、女性監督として、またニュージーランド人の映画監督として初となるカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞しました。
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ラッセル・クロウ Russell Crowe
映画俳優。1964年ウェリントン生まれ。現在はオーストラリアに住んでいますが、21歳までのうち11年間をこの国で過ごしています。オーストラリアのテレビ番組で子役として活躍し、1990年に映画デビューしました。
1995年にはハリウッドに進出し、2000年に『グラディエーター』でアカデミー主演男優賞を受賞。その他の代表作としては『LAコンフィデンシャル』(1997年)、『ビューティフル・マインド』(2001年)などが挙げられます。
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ピーター・ジャクソン Peter Jackson
『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の監督。1961年ウェリントン生まれ。子どものころから8ミリカメラを使って映画を撮っていたというのは有名なエピソードです。
1994年の作品『乙女の祈り』で、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を獲得。2003年公開の『ロード・オブ・ザ・リング第三部:王の帰還』で、アカデミー監督賞を受賞しています。
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テムエラ・モリソン Temuera Morrison
マオリの国民的俳優の一人。1961年ロトルア生まれ。『ワンス・ウォリアーズ』(1994年)で、酒に溺れて暴力を繰り返すマオリ男性を主演。その迫真の演技が絶賛され、近年ではハリウッド映画にも進出しています。
『スピード2』(1997年)を経て、『スター・ウォーズ・エピソードⅡ』(2002年)では、スター・トゥルパーを開発する博士役で出演。続く『エピソードⅢ』(2005年)にも出演しています。
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サム・ニール Sam Neill
映画俳優。1947年アイルランド生まれですが、両親はニュージーランド人。7歳からはニュージーランドで育っています。1971年にドキュメンタリー映画を監督し、1977年からは映画俳優としての活動を開始しました。
1990年の『レッド・オクトーバーを追え』を皮切りに、『ジュラシック・パーク』(1993年)、『ピアノ・レッスン』(1993年)とハリウッド大作に連続出演。夫人はメイクアップ・アーティストの渡辺典子さん。
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リー・タマホリ Lee Tamahori
マオリの血を引く映画監督。1950年、ウェリントン生まれ。テレビCMの監督・製作から頭角をあらわし、映画監督の道に進みました。1983年には、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』で助監督を務めたこともあります。
代表作は、酒に溺れて家庭内暴力を繰り返すマオリ男性と家族の葛藤を描き出して話題になった『ワンス・ウォリアーズ』(1994年)、イギリスの有名なスパイ映画シリーズ『007ダイ・アナザー・デイ』(2002年)など。
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スポーツ
ピーター・ブレイク Peter Blake
ヨット選手・探検家。1948年オークランド生まれ、2001年没。25歳から42歳まで、外洋ヨットレースの最高峰ウィットブレッドに5回連続出場。その功績により、1991年にイギリス女王から「サー」の称号を受けました。
1995年には、アメリカズ・カップでニュージーランドを初優勝に導きます。さらに2000年には、地元オークランドでのカップ防衛にも成功。探検家としても有名でしたが、2001年アマゾン川で賊に襲われ、非業の最期を遂げました。
マイケル・キャンベル Michael Campbell

マオリの血を引くプロゴルファー。1969年北島タラナキ地方のハウェラ生まれ。8歳からゴルフを始め、16歳でコース・レコードを出すなど活躍。1992年には、オーストラリア・アマチュア・ゴルフ・チャンピオンシップで優勝しました。
1993年からプロ入りし、2005年6月には、第105回全米オープン・ゴルフでは、ライバルのタイガー・ウッズを破って優勝。その後も驕ることなく、フレンドリーな人柄でファンを増やし続けています。
マイケル・キャンベル公式サイト
ダニエル・カーター Daniel Carter
ラグビー選手。1982年、クライストチャーチ生まれ。2003年、オールブラックス入り。ゴールキックの精度が極めて高く、2004年にはヨーロッパ遠征でオールブラックスの司令塔、スタンドオフに抜擢されました。
2005年には、国際ラグビー評議会(IRB)のプレイヤー・オブ・イヤーに選ばれたほか、ルックスの良さから男女を問わず人気が高く、男性下着ブランド「Jockey」のモデルとしても活躍しています。
ジョナ・ロムー Jonah Lomu
トンガの血を引くラグビー選手。1975年オークランド生まれ。19歳のときオールブラックスのメンバーとしては最年少でデビュー。タックルを受けても倒れないパワーあふれるプレーで、世界的に有名なスター選手となりました。
1999年のワールドカップでは、5ゲーム連続トライを決め、ワールドカップ・タイ記録を樹立。2001年以後は、腎臓病のため実戦から遠ざかっていたものの、2003年に移植手術を受け、2005年には2年半ぶりの実戦復帰を遂げています。
レイ・セフォー Ray Sefo
K1ファイター、キックボクサー。1971年生まれ。18歳でプロボクサーとしてリングに上がり、1996年にはK1に初参戦。「南海の黒豹」の異名を持つことになります。
得意の必殺技は、「ブーメラン・フック」と呼ばれる死角からのフック。2000年のK1グランプリでは、準優勝という戦績を残しています。2004年には、俳優として日本映画『ゴジラ FINAL WARS』に出演もしました。
レイ・セフォー公式サイト
デビット・トゥア David Tua
ボクサー。1972年、サモア生まれ。8歳からボクシングを始め、1982年に家族でニュージーランドに移住。13歳で地元のボクシング・クラブに所属し、2年後には、ニュージーランド・ヘビー級ジュニアタイトルを獲得しています。
1992年のバルセロナ・オリンピックで銅メダルを獲得し、同年プロに転向。1996年には、試合開始後19秒で相手をノックアウトし、WBCの王者に輝きました。試合の前には必ず、サモア戦士の「闘いの法螺貝」が場内に鳴り響きます。
セーラ・ウルマー Sarah Ulmer
ニュージーランドを代表する女子サイクリスト。1976年オークランド生まれ。祖父、父とも有名なサイクリストです。17歳で世界ジュニア・チャンピオンシップに初出場し、翌年にはエクアドルでジュニア世界タイトルに輝きました。
オリンピックでは、1996年アトランタで銀メダル、2000年シドニーで銅メダル、2004年アテネで金メダルを獲得しています。2006年に、スポーツグッズのブランドSUBを立ち上げたことでも注目を集めています。。
SUBウェブサイト
タナ・ウマガ Tana Umaga
サモアの血を引くラグビー選手。1973年ウェリントン郊外のロウアー・ハット生まれ。2005年からオールブラックスのキャプテンとして活躍し、歴史に残るオールブラックスの名キャプテンという評価を受けました。
2006年1月、国際試合からの引退を表明。国内試合およびスーパー14(ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカのリーグ戦)では、引き続きプレーしています(2007年2月現在)。
紙幣の肖像
5ドル紙幣:エドモンド・ヒラリー Edmund Hilary
20世紀で最も有名な登山家。1919年オークランド生まれ。1953年、世界最高峰のエベレスト(チョモランマ)にネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイとともに挑戦し、世界初登頂に成功した世界的な偉人です。
さらに1958年には、イギリスの南極横断遠征隊に参加し、トラクターで南極点に到達しました。1953年、イギリス王室より「サー(Sir)」の勲章を、1995年にはイギリスの最高勲章であるガーター勲章を授与されています。
アカデミー・オブ・アチーブメント(世界偉人伝)ウェブサイト
10ドル紙幣:ケイト・シェパード Kate Sheppard
女性参政権運動のリーダー。1847年イギリスのリバプール生まれ、1934年没。スコットランドで教育を受け、1869年ニュージーランドに移住しました。
今から100年以上前に、「男性であれば、どんな野蛮な人間にも選挙権が与えられているのに、なぜ女性が政治に参加することが許されないのか」と訴え、ニュージーランド女性の先頭に立って運動。1893年に世界初の女性参政権を勝ち取る立役者となりました。
ニュージーランド文化研究サイト
20ドル紙幣:エリザベス2世女王 Queen ElizabethⅡ
ニュージーランドの元首である現イギリス女王。1926年4月21日生まれ。公式誕生日は毎年6月第一月曜日に祝われます。在位は1952年2月6日から。
紙幣に描かれている肖像画は、1986年2月26日、女王が首都ウェリントンを訪れた際に、政府公館で撮影した写真を元にして描かれたものです。ニュージーランドはイギリス連邦の一員として、同紙幣のほか、すべての硬貨の裏側にも女王像を模っています。
50ドル紙幣:アピラナ・ナタ Apirana Ngata
マオリの政治家。1874年イーストケープ近郊、テ・アラロア生まれ、1950年没。1893年クライストチャーチのカンタベリー大学で政治学を修め、マオリとしてニュージーランドで最初の大学卒業生となりました。
1909年にマオリ青年党を結成し、1943年まで政界で活躍しました。マオリの一族を精神的、文化的、経済的に発展させることに尽力し、その功績により1927年にはイギリス王室から騎士叙勲を受けました。
ニュージーランド百科事典ウェブサイト
100ドル紙幣:アーネスト・ラザフォード Ernest Rutherford
実験物理学の大家。1871年南島ネルソン近郊の生まれ、1937年没。クライストチャーチのカンタベリー大学を卒業し、イギリスのケンブリッジ大学の研究員になります。
ウランから放射線が二種類(α線とβ線)出ていることを発見したほか、ラザフォード散乱による原子核発見、原子核の人工変換などの業績により「原子物理学の父」と呼ばれ、1908年、ノーベル化学賞を受賞しました。
アーネスト・ラザフォード研究者ウェブサイト


